Updating Prāsaṅgika and prasaṅga
Bibliographic Data
| ID | 21333554 |
|---|---|
| Authors | Chizuko Yoshimizu (Professor, University of Tsukuba, Dr.phil., corresponding author) |
| Year | 2020 |
| Volume | 68 |
| Issue | 3 |
| Pages | 1193-1199 |
| Publication date | 2020-03-25 |
| Peer Reviewed | Yes |
| Open Access | Yes |
| Type | ARTICLE |
| Venue | 印度學佛教學研究 (JOURNAL) |
| Journal identifiers | ISSN: 0019-4344 • E-ISSN: 1884-0051 |
| Publisher | Japanese Association of Indian and Buddhist Studies (PUBLISHER) |
| DOI | 10.4259/ibk.68.3_1193 |
| OpenAlex | W3084331710 |
| Language | EN |
| Citations received | 2 |
| References cited | 2 |
帰謬派(*Prāsaṅgika)と自立派(*Svātantrika)という中観派の区分は,チベットにチャンドラキールティの著作を翻訳・紹介したパツァプ・ニマタク(1055–1145?)に帰せられる『根本中論般若釈』(カダム文集第11巻所収)に確認されるが,この著作はカシミールでインド人の共訳者マハースマティの講釈にもとづき著されたことから,11世紀後半には少なくとも一部のインド仏教徒の間で用いられていたと考えられる.パツァプは自らを「帰謬派」と名乗り,この時期に明確な帰属意識が生まれていたことを示す.本稿では,『根本中論般若釈』写本の解読により,パツァプが考えていた「帰謬派」「帰謬論証」とはいかなるものかを論じた.彼にとって「自立派」「帰謬派」の対立とは,バーヴィヴェーカとチャンドラキールティの間の『中論』第1章の解釈をめぐる論争に端を発しながらも,自らに先行する8世紀の中観派学匠シャーンタラクシタ,カマラシーラ師弟の著作と自らとの対峙であった.この対峙がなければ,「帰謬派」という自覚は生まれなかったと推測される.さらに用いるべき「帰謬論証」はダルマキールティの論理学によって整えられ,シャーンタラクシタ師弟によっても使われた「帰謬論証」である.また,彼らによって体系的・批判的な仏教内外の学説の整理と中観思想の優位の確立が成されたことを受けて,パツァプは彼らの自立派系の中観思想の上に帰謬派の思想を置くことを目指した.そのために,彼らによる中観以外の思想批判を利用し,離一多性論証を帰謬論証に読み換えて取り入れ,それらを踏まえた新しい帰謬派と帰謬論証を構築しようと試みたのである
Theology · Indian and Buddhist Studies · Indian History and Philosophy · Karl Barth and Christian Theology · Philosophy
| Unique citing works | 2 |
|---|---|
| Citations per year | 0,4 |
| Citation span | 2021 - 2024 (4) |
| Citation velocity | recent |
| Highly cited | No |
| Citation types | Neutral: 2 |